瞬間沸騰で叱ってしまいます。
\(◎o◎)/!
教室の生徒の場合、ほら何かができなかったりしても
ヒントを与える、
真似させたり、歌ったりして復習する
ほぼ答えを与えるようにしてゴールに導き褒める
なんていろんな方法で「育てる」事が出来るのです。
待って上げること、が出来るのです。
忍耐も持ちあわせるのです
(^◇^)/
ところがこれを家庭に応用となると…
そりゃ~瞬間沸騰ですよ
昔は2秒で泣かせましたね、
今は3秒後に反撃食らいますね
教室での経験を子育てには活かせないのです
逆に 家庭での出来事は教室に応用できます。
まーず 当たり前のこと、セオリーでは
まことしやかに唱えられ、万人が同意する事実
「子供には個人差がある」
これを体験的に納得します。
どういうことかって?
自分の子ども、言わば同じ親、同じ環境で育つ2人の子どもたち、
上の子、下の子という違いはあるものの、
近似した環境で育つわけです
でも、ウチの場合は
水と油、天と地、バナナと水素原子
これくらい それぞれの当てはまるカテゴリーが違うのです
これを経験しました。
つまり親も違う家庭環境も違う 教室の子供たちが
それぞれ違って当たり前なんだと、
この「当たり前」を体験でき 受け入れられるわけです。
そーんなこと、と思われるかもしれませんが…
私だって子どもを持つ前から、そんなこと知っていましたよう
でもわが子2人の実体験ってやつは、生々しい真実ですからぁ
そこから、教室の子どもたちの習得の差が理解できるようになりましたね
認知の成長差とか。
生まれて8カ月で歩く子もいるし、15ヶ月で歩く子もいます
もっといえば生まれつき、よく泣く子、よく眠る子がいて、
それぞれのペースで そだつわけです
差というのは 往々にして時間の経過に伴い 大きくなっても不思議ではありません、
文字を覚える速さや 音声の習得の差など
全員 何歳だから足なみそろえて出来るってことはないのです
数年の差が開くのは 不思議ではありません
また遅い方のこが、「できない」子でもありません
それぞれのペースで育つのです
時間の経過に伴い 差が縮まるって事もありますね
おむつを2歳でとれた、とか 4才だったとか言っても
二十歳では全員取れているわけですからね
教室では 見えやすい「差」は
文字
ですね。音は消えてなくなるし、他の子に合わせて一緒に行っていれば、
言えているようですから、余り「できない」事は目立ちません
文字は目に見えて 残りますからね
これを根気よく待って上げる必要がありますよ
出来るまで待ってあげると
さっさと覚えた子と同じになります
2人並べても、両方が「文字を覚えた子たち」になります。
先生はイライラせず、その子が覚えるとき!っていうのを待ってあげようと思います。
こんな忍耐、自分の子だとねぇ~
やっぱり瞬間ふっとうでっせー!
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